訪問ありがとうございます。メンタル不調で休職中のアラサー激務会社員(HSS型HSP気質)です。変わらずのモリモリ自己紹介で失礼します笑
休職7カ月目の平日、母が地元から遊びに来てくれたので朝から夜まで一緒に遊んだんです。お休みしてからも、たまの旅行とかで終日活動することはあったのですが、この日は言い知れぬ疲労感がありました。
この記事では、休職7ヶ月目の私が久しぶりに終日お出かけをして、「遊びなのに、どうしてこんなに疲れるんだろう?」と頭がパンパンになってしまったリアルな体験談を綴っています。 出かけてみて分かった疲労の原因や、「私の社会適性が落ちた?」という不安の紐解き、そして高ぶった神経を優しく鎮めるための「自分をもてなす準備」についてまとめました。
HSP関連の経験談&紐解き記録がこちらにも色々ございます。よろしければご覧くださいね♪
疲労の要因分析
母が地元から遊びに来てくれたので朝から夜まで一緒に遊んだある日、お休みしてからも、たまの旅行とかで終日活動することはあったのですが、この日は言い知れぬ疲労感がありました。
毎日通勤・出歩いていた時に比べると活動量は減っているし体力が落ちたとは思います。一応、体力維持と精神衛生のために近頃は週3ジム、毎週の通院は交通機関の使用を減らして歩くようにしたりしてるんですが。
話が逸れました。遊びなのに何に疲れてるんだ、というセルフ世間の声はスルーするとして、
私ってこんなに疲れやすいんだなぁと、HSPを認知してから改めて実感した日でした。そしてその要因を分析していこうと思います。

要因No1 通勤電車の雑踏とサラリーマンの営みが目に入る
振り返ってみますと旅行は常々車で行くのですが、この日の移動手段は終日電車でした。加えて通勤時間帯にかぶったりもしていました。諸々の疲れの要因をまとめていうと、休職前のサラリーマン活動の環境や時間帯に重なったことかと分析します。ふむ。
思い出すとサラリーマンの営みがよく目に入ってきたと思いました。通勤時間帯の人が行きかう状況や仕事終わりの飲み会なんかが。あと自分と同じ性別・年齢層の方を目で追っていましたね。
自分は今立ち止まっているけれど、働いている方たちがいるなぁ、と。ポジティブではないのだけれど、ネガティブでもない、何とも言えない気持ちで見ていました。
休職前のサラリーマン活動の環境や時間帯に重なったことでなぜ異様に疲れたのか、さらに深堀すると以下の落としどころかなと思います。
- 混雑した電車・平日の忙しない雑踏が苦手(だったのかも。好きではなかったけど特段苦手とも意識していなかった。)
- 今の自分の状況に対して、サラリーマンの営みを見ると思考量が増えた
要因No2 旦那さんと母 使うペルソナの違い
別の要因として考えられるのは一緒に過ごした相手です。母とはいえ、今居住を共にしている旦那さんに比べると、現在は離れて暮らしている分、最近の調子とはちょっと違う私で過ごした一日だったのかなと思います。
母との関係は良好で緊張なんてないんですよ。でも旦那さんといる時とは違うペルソナだなとは思いますので、疲れる要因にもなりえるのかなと思いました。
母といることで疲れたとかそんなこと言ったらいけないと思ってしまうけれど、最近一人でよく過ごして、その他だと旦那さんとしか過ごしていない私が、久しぶりに違う人と過ごしていつもと違う楽しさもありつつ疲れもある、それっていけないことじゃないよ。(自分へのメッセージでした。)
余談 無理のあるペルソナを演じて疲れた私
環境に応じてペルソナを使い分ける、HSP関係なく誰もが行っていることではあるのですが、周囲の目が気になりつつ時に活動的なHSS型HSPの方は(自分がという話なんですが)、無理なペルソナの使い分けをしているのかな、と休職してから思っています。
その場での正解だからと、あまりに本来の自分からかけ離れた人物像を演じてしまう、ですとか。これは心に負担が結構かかっていたんじゃないかと考察しています。
私の場合、無理をして場・組織に馴染むような人格を演じてしまう根本には「ありのままの自分では受け入れてもらえない、価値がない」そういう自己受容の低さがひそんでいるんですよね。
それでも、そんな自分を根本から変えよう!というのは行き過ぎた話だと考えます。でも何もしないというわけではなくて、ありのままの自分を認める「自己受容」を高めようと努力して、「こういう自分(比較的素に近いペルソナ)でもいいんだ」って思える社会経験を少しずつ積んでいけば無理し過ぎなペルソナの使い分けはしなくなるんじゃないかって予想しています。
全部まだ妄想段階の話ですけど。現実はそうもいかん!となる気もするんですけど。
社会適正が落ちた?という心配

終日出かけて言い知れぬ疲労感に襲われ、社会適正が落ちたのか?という考えが一瞬頭をよぎりました。これについて深く考えてみたのです。まあ1割くらい正解で、9割くらいは誤認かな、と思い直しました。
社会と離れている期間があると次に接点を持つ時に「不安になる」、これは往々にして起きることだろうと思うのです。これが1割の正解。(正解と言ったけど、社会適正が落ちる、という言葉は適切じゃないな。)話を戻します。
ブランクがあると、自分は通用するのか、とかそういう心配を抱くことはよくあることだと思うのです。私の経験談でいうと、技術職から離れて1年間事務仕事をして、そこからまた技術職に転職するときは不安になりました。
他にも、長期休み明けの学校が億劫だなと思ったり、お久しぶりな友達と会う時に前日ちょっと気分が落ち込んだり、そういう多々覚えのある状況に今あるってだけなんじゃないかなと思いなおしました。これが9割誤認の理由です。
だから休職したから自分の社会適正が下がったなんてことは違うと思うんですよ。
社会適正って潜在的な素養のイメージです。技術はブランクによって下がることもあるかもしれませんが、休んだからと言ってそこは変わらんのではないかなと思うのです。そもそも「社会適正」という言葉は、なんだかアクが強いというか、そうじゃない感を感じる言葉だと思いませんか?。自分の頭にもよぎったワードであり、世間・現代で使われやすい言葉なんじゃないかな。社会不適合者そんな言葉もしかりです。
「社会適正」という言葉を紐解く
社会適正とはなんじゃろか?一つの解釈として「自分が所属する組織(社会)に馴染む能力」そういう意味合いがあると思います。この場合そもそも環境が自分に合っているかどうかが重要であるように思います。
適正のある環境に巡り合い、いきいきと活動する様子を例えた「水を得た魚のよう」という言葉がありますよね。
エラ呼吸の魚は陸上では生きていけません。環境をどうしても変えられないとき、皮膚呼吸に進化できるとしても気の遠くなるような年月が必要です。自分は死んでしまって何代も先の子孫のお話です。
一方で、水槽と適した水の用意があれば、死の危機から一転して、のびのびと過ごせます。

この考えは、自分から合わせる気がないなんてわがままだとか、どこでも馴染めるようなコミュニケーション能力こそが社会適正なのではとか、色々なご意見がある内容でもあると思うのですけれど。
HSS型HSPというワードや休職で自分の社会適正がおちたと心配ということでこの記事を訪れてくださった方は、上記のような厳しい意見をご自分の中に強くお持ちなのではないかと思うのです。
そういう方は、社会適正の有無というものが、環境が自分に合っているかという要素に左右されるものではないか、と考えていいと思うのですよ。
わがままでも甘えでもありません。我慢して環境に合わせることも大変だけれど、自分に合う環境を探して用意することも大変なことです。どちらが大変でどちらが正解という話では片付きません。
今までの在り方に疑問を抱く
社会復帰するとき、最初は全部「久しぶりのこと、慣れないこと」になるので必ず疲れると思うのですが、そういう久々だからの疲れを除外したときに、「こんなに疲れるなんて」と思うことがあったとしたら。
そんな時「今までは大丈夫だったのに、私は弱くなってしまったのか?」じゃなくて、「今までの在り方に無理があったのかも?」と考えられたら休んだ甲斐があるってもんだ。そう考えられたらいいなと願います。
まだ社会復帰していない私が感じたことやら妄想やら、ひっそり綴ってみるのでした。書いていて思ったけれど「社会復帰」って私がどうなったら社会復帰なんだろう?また別の機会に考えてみたいと思います。
休職前の自分を省みる独り言
仕事してたときの私はどうなってたんだ?と心底思いました。この日以上に頭パァーーンって感じで、考えているようで何も考えられない帰り道がたくさんあったなぁ。
この日の活動はかなりセーフモードなのにコレですよ。過ごした相手は母だし、通勤時間の雑踏に揉まれたくらい。仕事だったら同じ会社の人、取引先の人、もっとたくさんの人とかかわる。遠慮が少ない家族とは違って、あれもこれも配慮しないといけない。
本当にどうなっていたんだろう?催眠術にかかっていたみたいだと思います。「みんなやれているから」でやってこれた。本当にできてきたんだよね。なんだか信じられなくて、びっくりすることも多いです。
でも無理というのは永遠には続かないもので、私は立ち止まらざるを得なくなったのです。「無理をしていたから」やってこれた、そして無理というものは有限でどこかで限界が来るんだなぁ。自分の身をもって経験しました。
日々どうやって落ち着いてたんだろ?どうやって回復していたんだろう?ずーっと興奮状態で駆け抜け続けていたのかな?
HSS型HSP刺激を受けた後何をして落ち着くか
帰りの電車、何を考えているか自分でも捉えられないのですが、何かをずっと考えているような感覚が抜けません。景色やらを認識する処理に加えて認識外で何かが処理されているのを変に感じ取ってしまうような感覚です。頭がパンパンでクラクラするような。
これがHSPでいう神経が高ぶっている状態か、そう思いました。(HSP関連の書籍を読んで、よく知ったことでした。神経が高ぶるというワードで私が思い出す著書はエレインNアーロン博士の「ささいなことにもすぐに動揺してしまうあなたへ」です。)
どうやったら落ち着くんだろう?と思い、「HSPが高ぶった神経を鎮める方法」を調べました。するとコレだけをバン!と出してくれているものが意外と出てこない。本に書いてあったこともパッと思い出せないし…。
HSPが気持ちを落ち着ける方法
明かりを落として間接照明を使う、好きな香りを用意、こうやって自分の落ち着く空間をつくって、ぼーっとじっと過ごすこと。
ネットで調べるとこんな感じだったかな。本でも読んだ気がする内容でした。五感を意識して入ってくる刺激を減らすってことだ。
そして、いざ刺激を減らして落ち着きたい!と思ったとき準備ができていなかったことに気づいたのです…!
とはいえ、人の声も、見える景色も、電車の音も、もう何もかも頭いっぱい!という気持ちから、静かな我が家に踏み入れるというだけでも安堵するものですね。こういう感覚について休職する前およびHSPを認知する前は考えたこともありませんでした。
(一応)私がやったこと
私がしたことといえば、電車では携帯で好きな小説を読みました。人のやり取りとか、そういうのが目・耳に入らないようにしてやり過ごす目的です。私は集中すると音声も入ってこなくなるタイプなので、物語という現実とは離れた情報だけを取りに行けるとわかっている読書はおすすめかもです。
帰ったらあたたかい飲み物が飲みたいと思ってコーヒーを飲みました(カフェインはよくない気がしましたけど)。コーヒー好きなんですよねぇ。
頭がなんだか興奮状態だったのでこの日の寝付きが心配でした。布団に入れば体力的にも疲れていたせいかお休み3秒どころか1秒だったので杞憂に終わったのですが、試そうと考えていたことはあります。ヨガでやっている呼吸法です。これがリラックスにとても良い!。眠れないときはヨガを意識した呼吸をしています。また別記事にて書く予定です。
使命感!自分をお・も・て・な・しする準備を整えなければ!
自分をもてなす準備を整えなければ!これもこの日の大きな発見です。
今は休職して刺激少なく穏やかに過ごしていますから、次刺激を浴びる時の準備がぜんっぜんできていなかった!知識ばかりが溜まっていく。
落ち着くカフェインレスなお好みの飲み物があるといいのかも。
家の中で自分のお気に入りの場所を整えたいな。
以前、立ち寄ったハーブ園で興味本位にカモミールティーを買ったことがあって、これがなんだか落ち着くんです。リラックス効果があると知った上だったのでプラシーボ効果と思わなくもないんですが。
香りのクセが強くて消費が進んでいないところで、休職したとき1人で飲んでみたんですよね。そうしたらなんだかおしゃれ贅沢な1人時間、香りも好きになっていて、心地良かったのを思い出し、カモミールティーをまた買ってみようかなと思いました。
※カモミールティーについて、キク科アレルギー、妊娠中の方は注意が必要のようです。これを読んで興味をもって頂いた方がいたならば、と思いここに記します。ご注意くださいね。
さいごに
HSPという気質を知ってから、繊細さを発動したときにそんな自分に気づいてもいい、みんなそうなんだからって見ないふりをしなくてよくなったように感じます。
HSPを知った時、自分が周りと違う理由がわかったことでとても腹落ちするものがあって、すっきりしたりほっとしたりしたのですが、以前の私ならマイナス方面で繊細さに行き当たるたび、でも普通このくらいのことじゃ凹まないとか、疲れないとか、考えてしまったと思います。
でも、休職したことで自己受容が前進し始めていて、そんな自分でいいじゃないかって思うようになった気がします。「これが私なんだ」。まだ社会に出て実践していないから、本当にそうなるかは未知数だけれど。
もしも、みんなの痛さ耐性より私の痛さ耐性が低かったとしても、痛いときは痛いと思っていい。それから、痛いと思う自分を責めなくていい。
それに、みんなが痛がる足つぼが、私は全然痛くない、そんな分野もあるのかもしれない(例え方よ)。そういうところで生きていきたいなと思っています。
HSPという気質を知る前は「みんな平気そうだからこれくらいは痛くないもの(痛いけど)」でした。
そして休職する前は、弱い自分に気づかないように本当はどう感じているかから目を逸らしてきました。気づいてしまうとなんだかやっていけないような気がしていました。
休職&HSP認知が同時並行に進んだら、自分は自分のままでもよくて、自分はどう思っているかについて目を向けてもよくなってきています。
自己受容を高めながら、HSPが社会にでていく実践編として、自分をお休みさせてあげられる避難場所・安心グッズを準備して、自分に優しく生きていこう!
自分で自分を上げていくスタイルで、自分にエールを送って締めたいと思います(^^♪
HSP関連の経験談&紐解き記録がこちらにも色々ございます。よろしければご覧くださいね♪

